CUCINA ITALIANA SYMPOSIUM 日本語版

経歴

◎トスカーナ州 フィレンツェ

<Ristorante Giglio Rosso>にて調理の修業を始める。

その後、料理人として採用され、5年間を過ごす。

トスカーナの伝統料理、主に肉料理の煮込みやグリルを学ぶ。

 

◎マルケ州 ウルバニア

<Osteri del Cucco>にて地方料理や素材の持つ力を学ぶ。

土地の食材をふんだんに使い季節を感じながらの料理。

親戚知人が色々な農作物や家畜を飼い、生産者と共に創る料理。

自然と共に生きる素晴らしい環境で郷土料理の大切さを実感。2年半を過ごす。

 

◎サルデーニャ島  カリアリ

<Ristorante Luigi Pomata>にて先進的な地方料理を学ぶ。

地方料理を基本に、様々な改革的アイディア、独創的な料理を生み出すシェフ

のもと、国内外の各イベント、テレビに多数出演していたため、

アシスタントとして共に働く。

日本ではまだ珍しいサルデーニャ料理や生産者達との出会い。2年半を過ごす。

 

 

イタリアに住んでみて

美味しいものに出会ったとき、人はこんなにも幸せになれる。

そんなことを漠然と考えていたときがあります。

そこが今の私のスタート地点だった気がします。

 

高校を卒業し一つの決心をしました。

自分に合った料理を探しに行こう。

 

バックパックを背負って、アジアとヨーロッパを周りました。

細かい経緯はさておき、その旅で出会ったのがイタリアでした。

料理自体の美味しさもさることながら、肌で感じたのは、

<この国の人たちはなんておいしそうに食事をするのだろう。>

ということでした。

 

食べるという行為そのものを心から楽しんでいるように感じ、

とにかくイタリアで働いてみたい。

フィレンツェで一つのレストランが無給ならいいと言い、

協力してくださりました。

 

日本に帰りビザを申請。そこで受け取ったビザの名目が

<アーティスト>。

イタリアではコックはアーティストだったのです。

イタリアで料理人は尊敬のまなざしで見られます。

一度の食事を無駄にせず美味しいものを探求していく

姿勢はただの食いしん坊とは決して呼べません。

自己主張が強い国民でもありますが、

美味しいものを食べることへのこだわりが強く、

食に対してみんなが真剣です。

料理人としての立場がイタリアではアーティスト

(芸術家)であり、日本では職人。

日本とイタリアではその差があまりにも違いました。

 

イタリア語も徐々に理解しはじめ、休みの日は遠出し色々なお店、

食べものを食べ地域ごとに特徴があることに気が付き始めました。

文化、生活による食習慣の違いや、名物料理の数々。

小さな町でもこの町ではこんなやり方でこの料理を作るのが特徴なのよ、

と教えてもらう事が多々あります。

 

おしゃべり好きのイタリア人たちは、しょっちゅう料理の話をしています。

イタリアで色んな地域を周りその土地の料理を食べることは

私の一つの大きな楽しみでした。

私自身食いしん坊なので、「旅=美味しいもの」につい心を惹かれます。

イタリアの国、国民の気質がわかってくると、どんな町でも、

まずはバールBarに入り、カフェやワインを飲みながら

その地域のおすすめ料理や、お店を聞くことにしていました。

そして店でもおすすめを聞きそれを頼むようにしていました。

自分がこの職業をやっているのでよくわかるのですが、

お客様の好みに合わせて色々な幅の料理を提供できるようにしていますが、

できればこれを食べて欲しいという料理が季節ごとにあります。

 

自分の好みではなく、時には相手の好みに合わせると、

時に素敵な出会いに恵まれることも多いものです。

 

これもお店に食べに行くことの醍醐味ではないでしょうか。